
■【265回】 認知症治療病棟の役割 [11/12/13]
■「抗精神病薬は中止できるか」問題と定期巡回・随時対応型訪問介護看護(その5)
「認知症患者の受け皿整備」に関しては、他にはどのような対策が検討されているのでしょうか。
先にご紹介した「《ウオッチ》 認知症の受け皿整備や入院防ぐ議論を」においても触れられておりますように、2011年11月2日の中央社会保険医療協議会総会(会長:森田朗・東京大学大学院法学政治学研究科教授)においては、精神科医療の改定内容について議論され、認知症対策の中で入院医療に関しては、「入院でのBPSD(認知症の行動・心理症状)対応で、認知症治療病棟入院料の『30日以内』を評価し、改善した人が速やかに地域や自宅に戻れるための退院調整などの評価」が主な論点となりました。
◇ ◇認知症治療病棟入院料という聞き慣れない言葉が出てきましたね。これに関する現状を見ていきましょう
認知症治療病棟入院料の算定を届出している医療機関は、
厚生労働省の資料のp25に記載されておりますように、全国でたった466件しかないのが現状です(2010年資料)。この資料のp24には、「認知症に対する入院医療については、認知症の行動・心理状態(BPSD)等の対応を行う役割を担っているため、名称を『認知症治療病棟入院料』に改めた。」と記載されております。
◇ ◇認知症治療病棟入院料の算定条件などは、
ウェブサイトにおいても閲覧可能ですのでご参照下さい。このサイトを見ると分かりますように、入院後60日以内と61日以上では点数(1点は10円)が異なります。早期の手当てを手厚く評価したのです。2011年11月2日の議論では、「30日以内の評価」が論点にあがったようですから、厚生労働省が「速やかに地域や自宅に戻る」ことを目標にしていることが窺えます。
しかしながら、2010年4月に「90日以内」が「60日以内」に改定された際に記載された文面を読みますと、
「ほとんど退院、あるいは転院ということがなく、現時点で91日以上の入院患者(がほとんど)であり、点数設定の基準が91日以上から61日以上に変更されても点数自体は変わらないので、経営そのものに打撃を与えることはない」のが現状であったようです。
すなわち厚生労働省が目標とする認知症患者さんの入院期間の短縮化という狙いは、思惑通りには運んでいないのが現状なのです。
2011年11月8日付中日新聞では、そんな認知症治療病棟の現状が伝えられています。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-「『介護の駆け込み寺』ともなっている認知症治療病棟は、ほぼ満床の状態が続く。平均の入院期間は、7・8年前は約120日だったが、2010年は200日を超えた。厚生労働省の2008年の全国調査でも、認知症治療病棟に入院した人の半数が、退院までに約半年以上かかっている。周辺症状が、ある程度治まるのに要する期間は、1〜3カ月間といわれる。入院の長期化は、症状が治まっても、すぐに退院できない現実を示す。」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-一方で、認知症専門の精神科訪問看護の実施などにより、「全国平均では、半数の患者が退院に6カ月要しているのに対し、県立高松病院(石川県かほく市)では、半数の患者が約2カ月で退院」するなど成果を上げている病院があることも報道されました(2011年11月15日付中日新聞・医療)。
(つづく)
笠間 睦 (かさま・あつし)プロフィール

1958年、三重県生まれ。藤田保健衛生大学医学部卒。振り出しは、脳神経外科医師。地元に戻って総合内科医を目指すも、脳ドックと関わっているうちに、認知症診療にどっぷりとはまり込んだ。名泉の誉れ高い榊原温泉の一角にある榊原白鳳病院(三重県津市)に勤務、診療情報部長を務める。認知症検診、病院初の外来カルテ開示、医療費の明細書解説パンフレット作成−−こうした「全国初の業績」を3つ持つという。
趣味はテニス。お酒も大好き。お笑い芸人の「突っ込み役」に挑戦したいといい、医療をテーマにしたお笑いで医療情報の公開を進められれば・・・と夢を膨らませる。もちろん、日々の診療でも、分かりやすく医療情報を提供していくことに取り組んでいる。
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佐賀・伊万里トンテントン
番組ID都道府県:佐賀県
撮影地:伊万里市
番組名:日本の祭
放送年:2002年
詳細情報神輿と団車を激しくぶつけ合う伊万里市伝統の祭り、伊万里トンテントンは江戸時代末期から伝わる秋の豊穣を祝う祭り。
男たちが繰り広げる勇壮な合戦で、日本三大けんかまつりの一つに数えられています。
「トン・テン・トン」という太鼓が鳴り響くのが、合戦の合図。重さ600キロほどの荒神輿と団車をぶつけ合い、相手をひっくり返すか相手の上に乗った方が勝ちとなります。
そして、荒神輿と団車が組み合ったまま川に落ち、陸に上がるまでの速さを競う「川落とし」で祭りが締めくくられるのです。
2012年02月07日
この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人

ライフ(Life)はアメリカで発行されている雑誌。写真を中心とした誌面で「グラフ雑誌」と言われる。フォトジャーナリズムという文章記事よりも写真を中心に報道・言論を構成しようという考え方はすでにヨーロッパ(特にドイツ)で試みられていた。ライフ誌はカメラマンをスタッフという専属的な所属とし、撮影から記事・レイアウト等の編集のスタイルを一貫させ、「フォト・エッセイ」と称した。第二次大戦前から戦後復興期、テレビの本格普及前までが黄金期で、アメリカの思想・政治・外交を世界に魅力的に伝える媒体であった。
現在のライフ誌は2004年10月に無料週刊誌として復活し、新聞折り込みのかたちで約1300万部が発行されている。しかし、厳しい経営事情を背景に、2007年4月20日号を最後に休刊することが発表された。今後はウェブ上にて、同誌の保有する写真約1000万点を閲覧できるなど、引き続きサービスを継続していくことも同時に発表された。
Wikipedia:「ライフ (雑誌)」
file No.71 イブン=スィーナー(ペルシャ)(980〜1037)

■経歴
イブン・スィーナー(全名アブー・アリー・アル=フサイン・イブン・アブドゥッラーフ・イブン・スィーナー・アル=ブハーリーAb? 'Al? al-Husayn ibn Abdull?h ibn S?n? al-Bukh?r?、980年 - 1037年)は、ペルシアを代表する知識人で、哲学者・医者・科学者であった。ラテン名アウィケンナ(Avicenna、英語読みのアヴィセンナも普及している)。中央アジアのブハラ出身で、イランの各地で活動した。当時の世界の大学者であると同時に、中世ヨーロッパのスコラ学に多大な影響を与えた。
980年ごろ、サーマーン朝の高官の息子としてブハラ近郊のアフシャナに生まれ、ブハラで育った。幼いころからあらゆる分野の学問に天分を発揮し、10歳でコーランを暗誦し、16歳で医学を修めるなど、エリートの道を順調に歩んだ。10代は、ファーラービーの著作に触れて哲学を学ぶ一方、医学の分野においてもサーマーン朝の君主ヌーフ2世の治療に当たるなど事績を積み、やがて「18歳にしてほとんどの学問を修めた」と自ら述懐するほどの境地に至った。
しかし999年にはサーマーン朝が滅亡、彼は祖国を去り放浪の旅に出る。この頃『医学典範』を執筆し始める。ブルガーンに居を定めた後1015年にブワイフ朝に高い地位で招聘される。1020年に『医学典範』の執筆を終え、同じころ『治癒の書』を書き始める。その後彼は政争に巻き込まれ、再び放浪の旅に出る。1021年イスファハーンに移り住み、その地の君主の庇護を受ける。君主に同行しハマダーンへ向かう旅の途上1037年にその生涯を終える。57歳であった。
哲学者としての彼の主著『治癒の書』は、膨大な知識を集めた百科事典的なものである。この書は、後学のイスラーム知識層に多大な影響を与え、アリストテレスの思想を保存、紹介したことにも大きな意義がある。12世紀以降イブン・スィーナーの著作はヨーロッパに紹介され、古代ギリシャの知識が失われていた中世ヨーロッパ世界に、特にスコラ学の大成に大きな影響を与えた。
医学者として、彼はヒッポクラテスやガレノスを参考に理論的な医学の体系化を目指し『医学典範』を執筆した。当時におけるギリシア・アラビア医学の集大成であり、ラテン語に翻訳された後17世紀ごろまでヨーロッパの大学で使用され、またインドでは20世紀初頭まで使用されていた。
その他の著作『指示と覚知』、『救済の書』、『科学について』等。

ティムール朝(15世紀初頭?)で書かれた『医学典範』
★医学の祖と言われるヒッポクラテス(紀元前460頃〜紀元前370頃)の1,400年くらい後にこういう有名な方がいたのですねぇ。今から1,000年くらい前!?・・・気が遠くなるwww
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■【264回】 認知症患者のスムーズな入院は難しい [11/12/12]
■「抗精神病薬は中止できるか」問題と定期巡回・随時対応型訪問介護看護(その4)
独立行政法人国立長寿医療研究センター病院脳機能診療部第二脳機能診療科の武田章敬医長は、「平成20年度の診療報酬改定において精神病棟における精神科身体合併症管理加算が新設されており、平成22年度の改定でさらに引き上げられた。精神病床における身体合併症治療が適切に評価され、身体合併症の診療レベルが向上することは重要であるが、その一方で認知症の身体合併症の入院治療の多くが一般病床においても行われている。…(中略)…一般病床においても認知症の人の身体合併症治療に関して、たとえば周辺症状が高度な場合でも家族の付き添いや身体拘束、薬剤による鎮静に頼ることなく、看護師などの病棟スタッフの対応により身体合併症の治療を行った場合には診療報酬上の評価を行うなど、何らかの対策を講じることは必要であると考える。」(武田章敬:認知症を支える地域連携の最前線. 医学のあゆみ Vol.239 425-430 2011)と指摘しています。
◇ ◇第25回日本臨床内科医学会の日臨内ワークショップにおいて、各地域における認知症診療の現状に関するアンケートの解析結果が報告されました。その中で、認知症患者さんの入院に関するアンケート調査の結果が2011年11月17日付Medical Tribuneにて報告されました(Medical Tribune Vol.44 No.46 18 2011)。一部改変してご紹介します。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・- 「日本臨床内科医会社会医療部・地域医療委員会の平田泰彦担当常任理事(平田内科胃腸科クリニック)は、各地域の認知症診療の現状に関するアンケートの解析結果を報告。平田担当常任理事は、地域にどのような認知症のためのネットワークを構築すべきかを探るため、今年7月、会員1万6,056人を対象にアンケートを実施した。回答は913人(回答率は5.7%)。1週間に診察する認知症患者数は1〜5人が57%で最も多く、会員の多くが認知症の疑いのある患者は専門医療機関に紹介しているが、入院に関しては、『なんとか対応してもらえる』と『苦労している』がともに46%で、認知症患者がスムーズに入院できない状況が明らかになった。」
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-(つづく)
笠間 睦 (かさま・あつし)プロフィール

1958年、三重県生まれ。藤田保健衛生大学医学部卒。振り出しは、脳神経外科医師。地元に戻って総合内科医を目指すも、脳ドックと関わっているうちに、認知症診療にどっぷりとはまり込んだ。名泉の誉れ高い榊原温泉の一角にある榊原白鳳病院(三重県津市)に勤務、診療情報部長を務める。認知症検診、病院初の外来カルテ開示、医療費の明細書解説パンフレット作成−−こうした「全国初の業績」を3つ持つという。
趣味はテニス。お酒も大好き。お笑い芸人の「突っ込み役」に挑戦したいといい、医療をテーマにしたお笑いで医療情報の公開を進められれば・・・と夢を膨らませる。もちろん、日々の診療でも、分かりやすく医療情報を提供していくことに取り組んでいる。
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